心を休めることの大切さ

離婚のダメージはとてつもなく大きい

離婚というものは、人生の中で最も精神を消耗する出来事の一つです。

納得して別れたのであればともかく、何らかのわだかまりが残る場合には離婚後もその苦しみはしばらく続きます(人によってはとても長い間・・・)。

私も大変な時期がやっと落ち着いてきたかなと思うと、また新たな悩み事が発生したりして気持ちが休まらない日々が随分続きました。

それでも別れてから1年がたち、最近になってようやく最も辛い時期は乗り越えることができたんじゃないかと思えるようになってきました。

精神的にはずいぶん落ち着いてきたと思います。

自分で自分を傷つけていませんか?

元旦那さんから離婚を告げられて以来

「こんなことになったのは私が悪いんだ」

「私のせいで息子に悲しい思いをさせることになったんだ」

と、私は常に自分を責めまくる毎日を送っていました。

このころは本当に辛かった。

おそらく眠っている時以外はずっと自分の事を傷つけ続けていたと思います。
いや、眠っている時もそうだったかもしれません。

人生で初めて「このままでは自分のこころは壊れてしまうかもしれない」そんな危機感を感じていました。

本当、今考えるとあと一歩間違えれば、どうにかなっていた可能性もあったと思います。

例えばベッドで横になりながら、「自分はなんてダメなんだ」「自分なんて生まれてこなければよかった」などと考えていれば、症状は悪化する可能性すらあります。これでは身体は休まっているかもしれませんが、こころは全然休まっていません。むしろこころを更に傷つけているといってもいいでしょう。

※引用:精神科・心療内科における「休む(休養)」の本当の意味

まさにこの記事の状態でした。

充分がんばってるじゃない!

そんなふうに自分を傷つけてボロボロになって、苦しい毎日を送っているうちにふと
「何かもう十分じゃない?私、結構がんばったよ。一人でここまでよくやったんじゃないかな。」

そんな風に感じる瞬間がありました。

どんな励ましの言葉や慰めの言葉より、自分の事を一番よく分かっている自分自身の心の奥底からふっと湧いてきた言葉に、なんだかとても救われたような気がしました。

「ああ、もう私、大丈夫かもしれない」

何の根拠もないけれど、心がふっと軽くなったような感じでした。

自分の事を認めてあげることが、前へ進む第一歩

その出来事があってからも、多少落ち込むことはありますが、以前のようにズドーンとドツボにはまってしまうようなことはなくなりました。

あんなに毎日毎日泣いていたのに、涙を流す回数も格段に減ったんです。

「私なりにがんばった。やりきった。」

そんな風に自分を認めてあげられるようになったら、気持ちが本当に軽くなりました。

徐々に前向きになれる時間も増えてきて

「たまには映画でもみようかな」

「おいしいケーキでも買って帰ろうかな」

といった感じで、少しずつ自分のために自分の好きな事を楽しめるようになってきました。

人間って本当に辛いときは「この苦しみはずっと続くわけじゃない」という言葉を信じることは難しいものです。

でも、無理に何かをしようとしなくても、生きていれば時間とともに必ず状況は動いていくものなんだということが分かったような気がしています。

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